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自分の居場所は「他者は仲間である」という感覚から生まれる

「他者は仲間である」という感覚をもてる人は、自分の「居場所」を持っている人です。

「居場所」とは物理的・空間的な「場所」であると考えがちですが、実はそうではなくて、もっと心理的なものです。「居場所がない」と言う人は、物理的な「場所」というよりも「居場所感」を感じられていないと考えた方が、より適切であると私は思っています。

 アドラー心理学の思想である「共同体感覚」は、「他者に関心」を向けることから発達します。☞「自分」に向けている関心を「他者」に向けると健康になれるそして「他者への関心」はやがて、「他者は仲間である」という感覚にまで成長していきます。

 アドラーは「母親の役割は2つある」と言っています。一つは、「まずは母親自身が子どもの仲間になる」こと。そしてもう一つは「仲間は自分だけではないということを、子どもに教えること」だと言います。

 アドラーがここで強調しているのは、子どもが他者と結びつくことです。「共同体感覚」はドイツ語でいくつかの訳語があるようで、アドレリアン(アドラー心理学を学ぶ者)がよく口にするのはGemeinschaftsgefuel(ゲマインシャフツゲヒュール)という言葉です。しかしアドラーはもう一つMitmenschlichkeit(ミットメンシュリッヒカイト)という言葉も使っています。岸見一郎先生の説明によると

 そもそもMitmenschenという言葉があり、これは(Menschen〈メンシェン〉人と人)が(mit〈ミット〉結びついて)いるという意味だそうです。そして、このMitmenschen(ミットメンシェン)が、アドラーがいう「仲間」という言葉の原語だというのです。

 つまりsocial interest(他者への関心)が、Mitmenschlichkeit(人と人が結びつくことで、仲間になるという感覚)にまで成長していく。これが「共同体感覚」の本来のあり方であり、それがその人の「居場所感」につながってくるのではないでしょうか。ちなみに、「居場所感」は「所属感」と言い換えることもできますが、この「所属感」は人間の根源的な欲求であるとアドラー心理学では考えています。

 テクノロジーの進歩によって「社会が個人に最適化された」現代においては、他者と直接関わらなくても不便なく生きていけることもあり、共同体感覚はしばしば抑圧されています。どうしても「個人(自分)」にばかり関心が向いてしまうのです。アドラーが、共同体感覚は生まれつきのものではなく「意識的に発達させなければならない先天的な可能性」と言っているように、それは訓練して引き出してやる必要があるわけです。

 そう、我々は自分の「居場所感(所属感)」を獲得するためにも、「他者に関心を向ける」ことから始めなければならないのです。

鈴木昇平(アドラー・カウンセラー)

 
 
 

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