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個人の優越性が、自分を「がんじがらめ」にしている。

更新日:2020年5月10日

自由闊達(じゆうかつたつ)ということばがあります。


「広い心で物事にこだわらず、のびのびと振舞うさま」をいいます。誰もがそんなふうに生きていきたいと思いますよね。

いっぽうで、自縄自縛(じじょうじばく)ということばがあります。


「自分の言動が足かせとなって本来の自由な活動ができなくなったり、あるいは自ら定めた決まりで自分が規制されてしまう」ことをいいます。こんな生き方を望む人はほとんどいませんよね。

アドラー心理学でいうライフスタイル(性格)とは、どちらかといえば「自縄自縛」のほうに類似しています。つまり自ら決めたルールによって(望む望まぬにかかわらず)自らの行動を規制され、「喜怒哀楽」の感情から「幸・不幸」の価値観までを、まるでコンピュータプログラムのように制御された状態であるといっても過言ではありません。

なぜこのようなことが起こるのか?

アドラー心理学では、人生には「規範」があると考えます。その規範とはとてもシンプルで、一言でいってしまうと「人類の、公共の福利に貢献する」こと。そこに関心を向けることです。しかしこの規範から逸脱すれば、すなわち「自縄自縛」の状態になるのです。

『ほとんどの人がこの規範から大きく外れていることが明らかです。人間性やヒューマニズムを人生の目標とする人はほんの一握りしかいません。』これはアドラーの高弟であるウォルター・ベラン・ウルフのことばです。




『アドラーのケース・セミナー』(一光社)より、以下にウルフのことばを引用します。

『多くの人が人生の目標を「私は神のようになりたい」とか、「私はすべての人の注目の的にならなければならない」「私はみんなから愛されなければならない」「幸せになるためにはすべての女性(男性)を性的に征服しなければならない」「100%の男性になりたい」「自分が得られるすべての幸福を最も少ない労力で欲しい」「私は自分の悪い仲間の陰謀から身を守らなければならない」「私はすべての責任を回避し、若き日の子どもの楽園に戻らなければならない」「私は生きている間ずっと、赤ちゃんでいたい」「私は自分の知識によって自分の環境を支配しなければならない」「私は社会が私を面倒見てくれるように、生きている間ずっと病気でなければならない」「私はすべてのリスクを避けなければならない」といったせりふで公式化することができます。前著30頁〜31頁』



ウルフが公式化したこれらの目標は、そのほとんどが無意識下で、いわゆる潜在意識のレベルで我々の心を支配しています。幼い頃の劣等感が強ければ強いほど、それを補償する優越性の目標は高くなります。

そして、この一人ひとりの(極めて個人的な)目標が、人を、「人類の、公共の福利に貢献する」という人生の規範から逸脱させるのです。結果的に人は、自ら決めた目標に(無意識のうちに)「がんじがらめ」にされることになります。

それでは、この「自縄自縛」から自分を解き放つ方法があるのか?


答えはYesです。それは、「自らの誤り」に気づくことです。ここでいう「誤り」とは、「自分の優越性だけに関心を向けている」という誤りのことなのです。

鈴木昇平(アドラー・カウンセラー)

 
 
 

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