top of page

「共感能力」と「地頭の良さ」の関係性

更新日:2021年4月8日

 人間関係を築いていく時に、どうしても「馬の合わない相手」や「苦手な相手」はいるものですよね。そんな時にアドラー心理学で提唱している「共感」の技法が使えます。


 アドラーは、共感する能力とは「相手の目で見、相手の耳で聞き、相手の心で感じる」ことだと言っています。


 相手の目で見、相手の耳で聞き、相手の心で感じる。つまり相手の関心に関心を持つことができれば、それがどんなに馬の合わない相手だとしても、「相手と自分との共通点を見出せる」と私は考えています。


 先日、尾原和啓氏が書かれた『あえて数字からおりる働き方-個人がつながる時代の生存戦略-』 (SB Creative)を読んでいて、こんな記述が目に留まりました。





【そもそも、地頭がいい人の思考癖とはどんなものでしょうか。一言で言うと、「ある2つの物事に対して、抽象度を上げ下げしながら、共通点を見出す」という思考パターンです。たとえば、野球の巨人ファンと阪神ファンは犬猿の仲で有名ですが、一つ抽象度を上げると、どちらも熱狂的な野球ファンであると捉えられます。


 さらに抽象度を上げると、両者をスポーツ好きと見ることもできますが、そこまで上げるとなんだか実感のないものになってしまいます。つまり、物事の抽象度を適切に上げ下げし、捉え直すことで、一見相反する者同士の間に共通点を見つけることができるのです。つまり巨人ファンと阪神ファンは、「熱狂的な野球ファン」という共通点でもって、実は熱い同志にもなれるのです。152頁】


「地頭が良い人には、「苦手な人間」がいない」と尾原氏は言います。つまり地頭が良い人は、抽象度を上げ下げすることで「相手と自分との共通点」に焦点を合わせ、そこに共感することで「敵」を作らないのです。


 相手の関心に関心を持つとは、先の例でいうならば、巨人ファンの(私)が、阪神ファンの(あなた)の「阪神を愛しているその気持ち」に関心を向けることです。それは決して、巨人ファンの私が「阪神」という野球チームを見直したり、少しでも好きになろうとすることではないのです。相手が阪神を想う「その気持ち」に関心を持つのが、共感です。

 

 共感することで、いつしか巨人ファンの(私)は、「阪神を想う(あなた)の気持ち」と「巨人を想う自分の気持ち」が、実は少しも変わらなことに気付きます。そう、「相手との共通点」に気付くのです。


 そういう意味で、尾原さんの言う「抽象度を上げ下げできる地頭の良さ」と、「相手の関心に関心を持つ共感力」には正の相関があると言えます。


 そして、この地頭の良さと共感能力の根底にあるものは、そもそも人は「みんな仲間である」という思想です。「敵もいれば、仲間もいる」という考え方ではなくて、そもそも「人はみな仲間である」という信念なのです。


 尾原氏は次のようにも言っています。


【地頭が良い人たちの共通項は、物事に対する先入観がないことです。なぜなら彼らは、常に抽象度を上げ下げしながら物事を捉えることで、「どんな相手も自分の仲間」だと思っているのです。だから新しい場所にもすっと飛び込めるし、フットワークも軽いのです。154頁】


 他者に関心を持ち、他者が仲間であると思えることを、アドラー心理学では「共同体感覚」と呼んでいます。あるいは地頭の良い人は、共同体感覚が高い人と言い換えても間違いではないのかもしれません。


鈴木昇平(アドラー・カウンセラー)



 
 
 

コメント


©  Shohei Suzuki

bottom of page